久しぶりに会った風真くんはすっかり大人びていた。
家業を継いだ彼はもう一端の若社長といった雰囲気で、わたしはすこしだけ彼を眩しく見つめていた。
「どうした?元気ないな」
彼がワイングラスを置いてわたしの顔を覗き込んだ。
「う、ううん…!そんなことない。風真くんが大人っぽくなったなって考えてただけ」
「はは。なんだよそれ」
嬉しそうに笑った後、ふいに風真くんはすこし切なげな表情を浮かべた――しかしすぐさま元どおりの表情で茶化すように言った。
「どっかの誰かさんも、ずいぶん綺麗になったと思うけど?」
そう言われて、どきりとした。
恋とかときめきという意味ではなく、なんとなく触れられたくないものを触れられた時に感じる方の「ドキ」だ。
そもそも、今日の服装は風真くん好みじゃないはずだ。
だって服もメイクも、髪型だって、たったひとり彼のために用意して――。
「やっぱり。あいつと何かあっただろ」
テーブルの向こうから、ジトっとした視線が投げかけられた。
わたしはきっと渋い表情をしていたのだろう。
風真くんは昔から、こういったことへの観察眼が鋭い。
「あはは…やっぱり風真くんに隠し事はできないなぁ」
「当たり前だ。何年幼なじみやってると思ってんだよ」
カトラリーを持つ手をとめて、ぼうっとお皿の中を眺める。
今の心境を風真くんに伝えるのは憚られた。
正直なところ、今回のことは誰にも言いたくなかった。
これは今のわたしにとってあまりにセンシティヴな問題で、傷口は癒えるどころか化膿していた。
何か言葉にしようとすればきっと号泣してしまうに違いない。
孤独な夜に、こうして会って気晴らしに付き合ってくれただけで十分だ――そう伝えようとしたその時だった。
カバンの中のスマートフォンのバイブレーション音に気づいた。
「スマホ、鳴ってる」
「う、うん」
わたしは慌ててスマートフォンを取り出した。
画面に表示されていたのは、彼の名前。わたしは予想外の出来事に言葉を失った。
「出てきていいぞ」
テーブルの向こうで風真くんが優しく微笑んでいる。
わたしは彼に短くお礼を言って、レストランの外へと駆け出した。
「もしも――」
「もしもし、今、どこにいますか」
食い気味に彼の声がかぶさる。
予想外に切羽詰まった彼の様子に、わたしはただ驚いた。
「夜ノ介くん、どうしたの?」
てっきり今日は帰ってこないものだと思っていたし、何よりどうしてこんなに慌てているのだろう。
「それは後で説明します。それより今、どこ」
「風真くんとはばたき国際ホテル3階のレストランにいるよ」
恐る恐る答えれば、彼がはっと短く息を呑むのがわかった。
「風真くん? …まあそれはいいです。わかりました、今すぐ向かいます」
「え、ちょっと――」
電話が切れ、わたしは腑に落ちない表情のままテーブルに戻った。
「夜ノ介くんが何だか慌てた様子で、今から来るって」
「お前、さては今日俺と会うことあいつに言ってなかっただろ」
「え?だって、今日もまだ向こうにいると思って――」
それに、風真くんはわたしの幼なじみ。
会って食事をするだけのことを、あえて報告する必要もないと思ったのだ。
けれど、目の前の風真くんはキョトンとしているわたしに向かってはーっと深いため息をついた。
「まあいい。お前にはわかんなくていいよ」