夜明け過ぎの二月の雪 - 10/10

夜通し抱き潰されてクタクタになった彼女に昨日のワンピースを着せて、髪に櫛を通し、ゆるく結わう。
ルームサービスが運ばれてくると、彼女はおもむろにベッドから身体を起こしてのろのろとソファに腰掛け、気怠げな表情でローテーブルの上のコーヒーカップを手に取った。

その様子が美しすぎて、僕は彼女の一挙手一投足をじっと眺めていた。
僕の視線に気づいた彼女が、ふふ、と微笑む。
その笑顔には、昨夜のような憂いはなかった。僕はようやく安堵して、胸を撫で下ろす。

「夜ノ介くん、寝癖がついてる」
眠そうな眼のまま、彼女が手を伸ばして僕の髪に触れた。
昨夜はろくに眠っていないが、あれだけベッドの上で無造作に動いていたから、いつの間にかついてしまったのだろう。
僕は連日の舞台と昨夜の激しい行為の疲れがどっと押し寄せてくるのを感じ、大きな欠伸をひとつした。
それを見ていた彼女が嬉しそうに微笑む。

「どうかした?」
「ううん。ちょっと嬉しかっただけ」
「僕の欠伸が?」
腑に落ちないな、と首を傾げていると、彼女はスイートルームから一望できる臨界地区の風景を眺めながら言った。

「夜ノ介くんが欠伸をしていたり、口の端にケチャップをつけたまま笑ったりしているのを見ることができるのは、わたししかいないってわかって、嬉しくなったの」

言い終わるなり、なにやら彼女が意味深にウインクする。
僕はギョッとして口の端を拭う。するとナプキンにはスクランブルエッグにかかっていたケチャップの赤が付着した。

彼女はそんな僕の様子を眺めては、くすくすと可愛らしく笑った。
外はまだ雪がちらついていて、窓一面に広がる海は深い灰色をしていて寒々しかった。
僕は彼女と今日の予定を話し合いながら、頭の片隅では彼女をもう一度抱く時間があるかどうかを考えていた。