アンビバレントな僕らをゆるして - 3/5

時は流れ、すっかり秋も深まって、文化祭シーズンがやってきた。
ローズクイーン最有力候補のマリィと、“若様”の愛称で学内の女子から絶大なる支持を誇る風真くん。
これほどまでに学年演劇の主役にお誂え向きのふたりはいなかった。

「風真くんの王子様役、いつ見ても素敵」
「ほんと、はやく衣装着てるとこ見たい〜!」
学年演劇の練習にはたくさんの女子生徒が詰めかけ、毎日こんな調子ではやし立てていた。

だが、演出総監督に名乗り出たはばたき学園の情報通――花椿ひかるちゃんは、脚本に少々不満があるようだった。

「風真くんはシンデレラなんかより『嵐が丘』のヒースクリフとかの方がもっとハマり役なのにな。ダーホンもそう思わない?」
「え?リョウくんが、あの自分勝手で傍若無人なヒースクリフ?はは、ナニソレ、面白いね!」
本多くんの返答に「冗談で言ったんじゃないしー」とひかるちゃんは頬を膨らませたのち、
「身分によって引き裂かれ、離れ離れになった幼馴染との恋を、大人になった彼は権力と財産を手にして取り戻す…!そんな執念と海より深い愛情こそが風真くんの魅力にぴったりなのに…」
と、胸に手を当てて瞳をキラキラさせた。
それを隣で聞いていた七ツ森くんが、腑に落ちた顔で頷く。
「へー。『嵐が丘』ってそんなハナシなんだ。確かにカザマの愛は重そー。あんたもそう思うだろ?」

3人がなにやら楽しげに話しているのを話半分に聞き流していたマリィは、不意に話題の矛先が自分を向いたので少々たじろいだ。
「え?そうなの?」
そもそもマリィの知ってる風真くんは、クールでとっても紳士的。
いきなり「執念」や「重い愛」などと言われてもあまりピンとこない。

戸惑うマリィに、七ツ森くんは苦笑した。
「ありゃ、まさかの自覚ナイ系?」
「あー、ダメダメ、実クン。マリィはちょっぴり鈍感さんだから…。気づいてたら風真くんもここまで苦戦しなかったんじゃない?」
ひかるちゃんはそう言って肩をすくめた。
「マジ?!あんたに近づくヤカラをあんな間近で牽制してんのに?…いや、無自覚ってコワイわ〜」
「こればっかりは、ひかるも同意見…」
「えっ??ちょっとちょっと、どういうこと?」
頭の上にいくつものクエスチョンマークを並べるマリィに、ふたりは困ったように曖昧な笑みを浮かべている。

結局、その日の会話はそれきりで終わってしまった。

その年の文化祭で、マリィは周囲の期待通りにローズクイーンの座に輝き、風真くんと一緒に主演を務めた学年演劇の評判は上々だった。
こんなふうに目まぐるしく日々が過ぎていく中で、マリィはひかるちゃんと七ツ森くんと交わしたこの会話のことを、しばらくの間すっかり忘れてしまっていた。