アンビバレントな僕らをゆるして - 1/5

マリィには可愛いボーイフレンドがいた。
同じ中学校の同級生で、同じ部活の男の子。
ちょっと気が弱いところもあるけど、明るい性格でぱっちりお目目がキュートな彼とマリィはお似合いのカップルだった。
だから、彼が羽ヶ崎高校に進学することになっても、「違う高校でも休みの日には会えるよね」なんて健気な約束を交わし、マリィは心細い思いをしながらはばたき学園に進学した。

それなのに。

「ゴメン、俺はもうお前に会えない」
久しぶりにかかってきた彼からの電話に胸を躍らせたのも束の間、唐突な別れ話にマリィははらはらと涙を流した。
「どうして?わたし、何かした?」

電話越しで震える彼女の声に、彼は無常にも黙ったまま、特に何の返答もなくその電話は切れてしまった。

マリィとボーイフレンドはそれきりだった。

それから、高校生になったマリィは何度か別の男の子たちと恋をした。
数回のデートを重ねて、いい雰囲気になって…告白されたり、あるいはしたり。

しかし、可笑しなことに、毎度毎度、恋はそれきりで終わってしまうのである。

たしかに彼らは当初、嬉しそうにマリィの誘いに乗ってきた。
マリィは明るく朗らかで、そこに立っているだけで人目を引く可憐な女の子だったからだ。
それなのに、懇意になった彼らはきまって、何やら気まずそうに彼女との今後の交際を考え直したいと申し出るのだ。

まるでゴールインした先の展開のない少女漫画のような日々の連続に、マリィは辟易していた。
彼女は好きになった人との安定した関係を心の底から願っていた。

そんな苦しい日々を送るマリィだったけれど、彼女には心の支えとも言うべき人がいた――幼馴染の、風真玲太くんだ。
彼は高校入学時に彼女と9年ぶりの再会を果たして以来、高校3年生になったいまも、ずっと彼女のそばにいてくれた。
マリィが落ち込んでいる時は日が暮れるまで話を聞いて、退屈な週末には気晴らしに連れ出してくれた。

「ねえ風真くん、今日の放課後空いてる?」
「お、さては何か聞いて欲しいって顔だな?」
「…アタリ。またあのカフェ行かない?」
「ああ、いいよ」

こんな調子で、いつもいつも風真くんはマリィの愚痴に付き合ってくれた。
しかしこんなことも5回を超えると、いつも明るく朗らかなマリィもさすがにつらかった。

「きっとわたしの方に何か問題があるんだと思う。だってあまりに毎度なんだもん」
窓辺のボックス席でマリィは涙ぐみ、ぼんやりと秋めく街路樹を眺めていた。

風真くんは、メニュー表を取ろうともせずただ泣いている彼女の代わりに飲み物とスイーツをオーダーしてくれた。
彼は自分用にコーヒーと、彼女用にオレンジジュース、そしてお芋がトッピングされた季節限定パンケーキを「おまえ、焼き芋好きだろ?」と得意げに微笑みながら頼んでいた。
マリィはふと、(太っちゃうからお芋よりいちごのがいいな…)と思ったが、風真くんの厚意の手前、ただ曖昧に微笑んだ。
涙に濡れたまま彼女がゆっくりと風真くんに微笑むと、彼ははっと驚いた顔をしてうつむいた。

彼の表情はよく、こんなふうに前髪の落とす暗い影に隠れて見えなくなってしまう。
だからマリィは、肝心なタイミングで風真くんがどんな顔をしているのか、よく知らなかった。

その日のお茶会は長かった。
なぜなら、マリィが一向に泣き止まなかったからだ。
失恋のたびに「人生の楽しいことって恋ばかりじゃないもんね」と気丈に笑っていた彼女も今回ばかりは堪えたようだ。

風真くんが頼んだパンケーキを食べても、彼がどんなにマリィを慰めても、憂鬱は晴れなかった。

「きっとわたし、このままお嫁の貰い手も見つからず、生涯独り身なんだ」
さめざめと涙を流すマリィを、風真くんはいつもどおり熱心に励まし続けた。
「そんなことないだろ。お前は十分、魅力的だよ」
しかし、そんな甘い言葉にもマリィは訝しげな目線を投げかける。
「でも、さすがにこんな毎度じゃ、なんだか自信無くしちゃうよ」

彼はまたうつむいて、少し考え込んだあと――彼女に言った。
「今日はとことん付き合うよ。けどさ、場所を変えよう」
マリィは風真くんの言葉に顔を上げた。
「うちに来いよ。夕飯、つくってやるから」