水面の彼

一週間前、彼女と初めてキスをした。想像していたよりずっと薄くて柔らかかった彼女の唇と、触れ合っていたふたりの肌の感触が頭から離れない。

オレは沸騰しそうな頭を冷やすように、水泳の補修が終わったプールの水面に頭を突っ込んでいた。

水泳の成績が悪かったオレは別として、彼女が補修に出ていたことで動揺はさらに強まった。

彼女はそこまで体育の成績は悪くなかったはずだけど――と首を傾げたが即座に、女子は時に水泳を休まざるを得ないことがあるからだ、と合点がいった。

彼女のスクール水着から伸びた真っ直ぐな脚をできるだけ視界に入れないように、課せられたノルマをこなしていく。クロール五十メートル、平泳ぎ五十メートル、バタフライ二十五メートル。(いずれもできているかは正直微妙!)

終わった生徒が次々にシャワーを浴びて帰っていく。人が少なくなって空いたレーンにはビーチボールをどこからか持ってきて遊んでいる生徒たちがいて、プールサイドに座っている体育教師はやる気のなさそうな目つきでボールが行き交う様子を叱るでもなくぼんやり見つめていた。

彼女もさっさとノルマを済ませて友だちとシャワーを浴びに行ってしまった。

オレはその後ろ姿を確認すると、これ以上彼女の水着姿に対する煩悩を抑えつけずに済むことに安堵して、ぷかぷかと水面に浮かんでいた。こうやって浮かんでいるのはまだしも、どうして泳いでいると身体がどんどん沈んでしまうのだろう――?そんな他愛のないことを考えながら。

水中で目を開ける。ゴーグルをつけているから視界がすこし紫がかっているけど、強い夏の日差しが波紋となって揺らめいているのを見るのは好きだ。

俺が何度目かの息継ぎを終えたとき、光の束がうごめく水底に水飛沫とともに暗い影が落ちた。
――誰かがこちらに、泳いでくる。
オレが驚いて顔を上げようとする直前、その人物が浮かんでいるオレの下に潜り込んできた――見覚えのあるピンクの髪、白い肌、あまりに鮮烈に脳に焼き付いている、ぱっくりと背中の空いたスクール水着。キスをしながら、何度も頭の中でなぞり続けた体の輪郭。紛れもなく彼女だ。

なんで?と叫ぶ間もなく水中で彼女がニカっと笑ってこちらを見た。キョトンとしているオレに向かってピースサインをおくる。しばらく水中で見つめ合っていたけれど、息が続かなくなってふたりして水から起き上がった。

「シャワー、浴びたんじゃないの?」
「浴びたよ」
「え、じゃあなんで?」
「だってわたしがシャワーから出ても行くんがずうっと水の上で浮かんでるから、心配になったんだもん」
早くあがろ?と彼女に腕を掴まれた。すべすべした彼女の肌の感触に、必死に抑えつけていた何かがふたたび沸々と湧き上がる。
「わ、わかったよ」
オレは自分の胸の内に渦巻くその感情の正体がわからないまま、彼女に引っ張られてプールサイドに上がった。

***

着替え終わって、更衣室のある廊下でいっしょに帰宅する約束を取り付けた彼女を待った。数分後に彼女はやってきて、開口一番に
「ねえ、このあと一緒に宿題やらない?」
と言った。
――シュクダイ…?
俺は一瞬ぽかんとしそうになったけど、そういえば夏休みにはたくさんの課題が出ていることを思い出した。オレはいつも七月中にすべての問題集や作文、自由研究を片づけてしまうので、「宿題」という存在をもうしばらくの間すっかり忘れ去っていたのだ。

でも、なんとなくまだ彼女と離れ難いのは同じだったから、オレはその誘いを快諾した。図書館にもちょうど行きたいと思っていたし、ノートも読みたい本のリストもちゃんと鞄の中に入れてあった。

彼女はうつむきがちに、緊張しているみたいな声で続けた。
「じゃあさ、……もしよかったら、行くんちにお邪魔してもいい?」
「えっ!」
「えっと、……突然すぎた、かな。じゃあ、図書館にしよう?」
彼女が恥ずかしそうに頬を赤らめて微笑むので、オレはすぐさま首を横に振った。
「ううん!全然大丈夫!ウチにしよう!」
その返答に、彼女はすこしびっくりしたように瞳をまん丸くしたあと、心底嬉しそうに「うん!」と頷いた。

夏のあいだ――とりわけ夏休みの期間、ウチは多種多様な生き物の気配が家じゅうにひしめいている。カブトムシにクワガタ、コオロギ、川で獲ってきたエビや小魚、卵から孵化させたカブトエビ。玄関から階段を上がって廊下を進んでオレの自室にたどり着くまで、いたる場所に配置されている数多の虫かごや水槽を彼女は興味深そうにしげしげと見つめていた。

それはオレと彼女がキスする前から変わらない、いつもどおりの風景だった。だからきっとこのあとも、彼女がローテーブルの上で問題集を開いて、オレはそれを横目に本を読んだり図鑑を開いて、たまに雑談をしながら過ごす、なんてことない時間が流れるはずだ。

オレはプールで彼女に触れられた時に湧き上がった何かがまだ胸の奥でうごめいているのを感じながら、それを知らんぷりしてやり過ごそうと心に決めた。

――だけどそれは到底無理な話だって、すぐに思い知らされることになる。

***

先に部屋に入った彼女はオレのすぐそばでこちらを振り返り、じっとオレを見つめていた。薄いタンクトップやミニスカートからはきめの細かいすべすべした腕や脚がすらりと伸びている。ゴクリと不自然に喉が鳴る。そんなオレの顔を見て、彼女はクスリと微笑み、こちらに腕を伸ばした――気づけばすぐそばに彼女の顔があった――オレは耐えきれず、ゆっくり顔を近づけてくる彼女の細い腰を掴んで引き寄せた。

「んっ……ふ、」
バタンとドアが閉まって五秒もたたないうちに、オレたちはどちらともなくキスを始めた。二度目のそのキスは、初めての時のような控えめな駆け引きや恥じらいはなく、カラカラだった喉の渇きを癒すみたいに、欲しくてたまらないなにかを貪るようだった。

彼女をドアに押し付けたまま、何度も首の角度を変えて彼女の中を味わってみた。彼女の口の中のすべてを舌でなぞってみたい、キスをしている時の彼女の顔をずっと眺めていたい。また胸の内に沸き起こる欲求が肥大していく。

ドアに押しつけられていた彼女の髪は乱れ、呼吸も荒くなっていた。オレは彼女からそっと唇を離した。
「ねえ、本当に知りたい?この続き」
恐る恐る尋ねると、彼女は神妙な顔つきでゆっくりと頷いた。
「知りたい」
薄いタンクトップから彼女の細い肩がのぞいている。オレはまた気が狂いそうになりながら上の空で言った。
「このままどんどん、止まらなくなっちゃうかもしれないよ」
その言葉には未知の体験への切望と期待感、あとは目まぐるしく変化し続ける彼女との関係をもうすっかり元通りにすることができなくなった絶望が潜んでいた。

彼女とキスをするのは信じられないくらい気持ちよくて、天国が本当にあるならきっとこんな気分になれる場所だって思う。まだ自分の知らないこんな素敵な気持ちがこの世にあるのなら、それを知りたいと思った――彼女と一緒に。

だけど彼女は本当にそれを望んでくれているだろうか?どれだけ言葉をもらっても、目の前で顔を赤らめている彼女を見ても、不安を拭い去れない。

特定の誰かのことでこんなにも頭がいっぱいになるなんてこと、今までになかった。だからすこし、怖い。目の前の彼女に拒絶されることも、彼女を失ってしまうことも。

オレたちはベッドに腰掛けて、ただ無言のまま俯いていた。頭の中はわんわんうるさいくらいに多種多様な感情がひしめいているのに、この部屋はベランダの室外機が放つ鈍い音が低く地面を震わせているほかは、耳鳴りがしそうなほど静かだった。ふたりの髪や肌には、プールの塩素や日焼け止め、シーブリーズのシャボンの匂いが混じっている。

輪郭のない、夏そのものが部屋のなかを漂っているみたいだった。

クラクラする頭を抱えて戸惑っているオレに、彼女が真っ赤な顔のまま少し寂しげに言った。
「行くんと一緒なら、どんなことでも知りたいよ。……行くんが望んでくれるなら、だけどね」
ハッとして顔を上げる。彼女はうつむいて、少し泣き出しそうだった。瞬時に「違うんだ、そうじゃない」と頭が警鐘を鳴らしだす。彼女を傷つけたかったわけじゃない。自分の態度や言葉が彼女にとってある種の拒絶と受け取られた可能性に思いを馳せた。そんな焦りが、また自分を感情的な行動に駆り立てる。

オレは彼女の薄い肩を掴んで、ベッドに押し倒した。きれいな髪が揺れて心を惑わす彼女のシャンプーの香りが鼻孔を掠め、細い首筋と肩の間に顔を埋めれば、オレの平たい胸板に彼女のふっくらした胸元が密着した。どちらのものかはわからないけど、心臓が忙しく脈打っているのがわかった。激しく高鳴る心臓の音を彼女に聞かれるのは無性に恥ずかしいけれど、クーラーで冷えた肌を合わせると、柔らかい体温が心地よくてどうにも離れがたい。

そっと、戯れに彼女の露わになった肩に触れてみると、彼女は小鳥みたいな胸をビクッと震わせた。可愛くて、つい笑ってしまう。こちらが意地悪な笑みを浮かべていたのか、彼女は不満そうに口をへの字に曲げた。オレは耐えきれなくなって、ふたたび彼女の唇に口付けた。

それからは何が何だか、時間感覚すらも曖昧に、柔らかく新雪のように深く沈み込みたくなる彼女の肌と唇のなかに吸い込まれていってしまった。彼女との長いキスのあと、首筋や胸元、髪の毛に夢中になって唇を這わしていると、自分の身体の中心に熱がこもっていくのがわかった。そしてそれが彼女に伝わっていることも。

正気を失った頭で、この先のことをあれこれ思案した。実は、サイドテーブルの中にコンドームが入っていた。これは母さんが高校入学時にくれたものだ――うちの教育方針はすこし変わっていて、母さんはオレや妹の年齢に応じて時おり性教育にまつわるプレゼンテーションを行った。

誰かを愛した時どうすべきかや、性病の予防、性的に危害を加えられた時の対処法、性犯罪のボーダーラインはどう判断すべきかなどを淡々と、かつ熱意のこもった眼差しで解説しはじめる母親の姿を他所の家庭の人が見たら面食らうだろうか。けれど母さんの説明したことはどれも理にかなっていて、いざ「こうしたこと」に直面した今、とても役立っている。

互いにまさぐりあう手を止めて、不意に見つめ合った。
「ねえ……このまま、いい?」
彼女は微笑み、「うん」とゆっくりと頷いた――かと思うと、彼女は意を決したような真剣な表情で起き上がり、持っていたカバンからポーチを取り出した。
「あのね、実はわたし…ちゃんと用意してたんだ」
そういって彼女がそっとポーチの中のコンドームを見せた。
「えっ!そなの!?」
驚きのあまり大きな声が出たけれど、一方では先ほどまでの不安はどこ吹く風、安堵にほっと胸を撫で下ろした。
「君に用意させちゃって……ゴメン。買うの、ちょっと勇気いったでしょ」
「ううん、いいの」
彼女はふるふると首を横に振り、ベッドに腰掛けたままのオレにゆっくりと歩み寄りながら言った。
「初めてキスしてからずっと考えてた。もっともっと、行くんに触っていたいな、触れ合ってたいなって」
ちょん、と彼女の白い手がオレの頬に触れた。
「だから、行くんが不安に思うことなんてないんだよ」

***

吐息が肌をくすぐって、彼女の赤くなった頬に涙がひとすじ伝った。オレははっとして、手を止めて彼女の方を見た。熟れた桃みたいにぐずついた彼女の入り口は当初よりずいぶん柔らかくなっていて、痛くはないと思っていたけれど、知らず知らずのうちに彼女を傷つけていたかもしれない。

「だいじょぶ?……痛かった?」
一抹の不安が胸をよぎったけれど、彼女は両目いっぱいに涙を溜めたまま、首を横に振った。
「ううん……気持ちよくて、なにもわからなくなってきて、なんだか涙が止まらないだけ」
彼女は恥ずかしがっているようだった。

でも、その言葉はオレの好奇心をくすぐるには充分だった。
「どういうこと?すこし、見せて?」
彼女の瞳を覗き込む。潤んだその両目は、よく見知った彼女のものに変わりはない。だけど、教室で友だちとふざけ合っている時や、放課後に一緒にお茶を飲んでいる時のそれとは全く違う、なにか特別な熱を感じるまなざしだった。そう感じるのは、自分がリビドーに囚われて性的な衝動に駆られているからだろうか。あるいは、彼女もリビドーに駆り立てられているのだろうか。

じっと吸い込まれるように彼女の瞳を観察するのを中断して、ぺろりとその涙を舐めてみた。その感触に驚き、そしてむず痒そうにしている彼女の唇に、またキスをする。

数えきれないほど交わしたキスは、しだいに相手の癖や好きなところを覚えて手慣れていく。だけど今回は、唇を合わせているあいだも彼女はモジモジと膝を擦り合わせていた。それを察して、また熟れた果実に指を差し入れると、キスで塞がった唇からくぐもった声が漏れた。ぐちゅ、ぐちゅ、とひかえめな水音だけが聞こえてくる。

彼女はしばらくされるがままになっていたけれど、少しして唇を離し、「ぷは」と息を吸った。それにオレがキョトンとしていると、彼女が眉をひそめて瞳を潤ませたまま、
「あのね……こんなこと、はしたないなって、わかってるんだけど……」
と、切り出した。
「ん?どしたの?」
この時、何かを掴みかけていた。だからこんなふうにわからないフリをするのは、ちょっと意地悪かもしれない。だけど彼女がオレを求めてくれることが嬉しくて、知らんぷりしながら訊いてみる。
「どうしたいか、言ってみて」
耳元でそっと囁くと、彼女は赤い顔を耳まで赤くして、きつく結ばれていた口元がゆるんではくはくしている。しかし、恥ずかしさを堪えるようにぎゅっと目を閉じて彼女は絞り出すように言った。
「えっとね……挿れて、ほしいの」
「…!」
なんとなくわかっていたのに、いざ言われると威力は絶大だ。身体の内側からぐわーっと何かが込み上げて、柔らかくてうつくしくて誰よりも大切な女の子を傷つけないようにとグッと堪えていた衝動が、堰を切って溢れ出す。
オレは履いていたトランクスを脱いで、サイドテーブルの中のコンドームを取り出し、慣れない手つきで慎重にそれを装着した。ベッドの上で毛布の影からこっそりこちらを見ていた彼女のほうを振り返ると、いざ裸のオレを目の当たりにするのが気まずいのか毛布の中に隠れてしまった。
「美奈子ちゃん、出ておいで」
ベッドに戻り、毛布の中の彼女に覆いかぶさって優しく呼びかけると、彼女がおずおずと顔を出した。
「可愛いね」
本音がぽろりと口からこぼれ、また彼女にキスを落とす。彼女は微笑み、すっかりオレに身体を委ねはじめていた。オレは彼女の太ももを持ち上げて、ゆっくりと自身を秘部に充てがえば、彼女の温度と湿度を感じた。ここから先の行為には、まだ名前以上の知識がない。うまくやれるだろうか?彼女を満足させられるだろうか?と考えると、突然目の前に暗闇が現れたみたいに心細い。だけどそれは甘やかな闇だ。恐怖心よりも、この先にある快楽を――禁断の果実を手にする前の期待感が先行している。

手を繋いだまま、彼女がゆっくりとうなずいた。それに勇気づけられるようにして、グッと腰を押し進めた。

感じたこともない温かくて湿った圧迫感がオレを包んでいく。初めてだからか、彼女の中は硬くてぴったりと閉じている。ぎゅっと目をつぶっている彼女の耳にそっと唇を近づけた。
「痛かった?すこし力、抜ける?」
「う、うん…やってみる」
彼女の身体を抱きしめると、細くて小さな身体は熱く震えていて、汗ばんでいた。本当にこのまま、先に進んでいいのだろうか?心の中に迷いが生じて動けなくなる。
「ねえ、やっぱり――」
やめよう、と言いかけると彼女の手のひらがオレの唇に触れた。
「嫌、やめないで!」
「でも……」
「行くんと、したいの……。今やめたら、わたし、絶対後悔すると思う」
繋いだ手を胸元に引き寄せ、うるんだ瞳が懇願するようにじっとこちらを見ている。オレはゆっくりと深呼吸して、ふたたび彼女を抱きしめると、腰を深く押し込めた。
「あっ――」
彼女が短く叫んで、口元を手のひらで覆った。母さんは一階の仕事部屋に篭っていて、妹は出かけている。とはいえこの部屋の防音性はイマイチだから、できる限り声を抑えておく必要があった。
ふー、ふー、と荒い息をそのままに、ピッタリ密着し合うように彼女の中に収まった己の感覚に神経を研ぎ澄ます。きつくてあったかくて、溶けるように気持ちいい。
窓の外で燦々と輝いていた真昼の太陽はすこし傾いて、夕日にはまだ早いがとろりとやわらかな陽の光がふたりの身体の上に差し込んでいる。
彼女の頬には涙の跡がついていたけれど、頬は上気して微笑んでいた。肩を引き寄せられて、眩しい午後の光の中でキスをする。あんなに焦がれていた、彼女との特別な行為がこれからもこうして降り積もっていくんだろうか。この尊い時間をゆっくりと噛み締めたい気持ちの裏で、腹の奥を這いずり回る劣情が性急な行為へと駆り立てる。彼女とひとつになれた喜びも束の間、感じたことのない快感にめまいがした。
「行くん?」
オレが複雑な顔をしていたのか、彼女が怪訝そうにこちらの顔を覗き込んできた。
「だーっ!ごめん。なんかオレ……君のことがもっと欲しくてたまらないんだ」
「えっ」
「でも、大丈夫。ゆっくり動くから、痛かったら教えて?」
はやる気持ちをグッと堪えて、ゆっくりと彼女の中から引き抜いたものを、またゆっくりと中へ収めていく。ただそれだけのことなのに、身体の中をぐらぐらと熱湯が巡っているみたいだった。
すると、ひんやりしたものが胸に触れた。彼女の手のひらだ。
「いいよ、行くんが好きなように動いて」
その言葉は麻薬のようにじんわり思考を蝕んでいく。
「でも…」
「いいから」
彼女がにっこりわらって、オレの首筋から肩にかけてをゆっくりと撫ぜた。
美しく伏せられた目には、長いまつ毛が影を落とし、唇は美しく弧を描いていた。その様子があまりに綺麗で、ごくりと喉が鳴る。オレは彼女の唇を塞いで、また動き始めた。相手に配慮した控えめな行為は次第に、互いの気持ちいいところを探り合うものへと変わっていく。
「……ふ、っぁ」
息を潜めて、快感を貪る。ぱちゅ、ぱちゅ、と身体が合わさる音だけがしずかに耳元まで届いた。彼女の中はまだきつくて、油断すると身体に込み上げた熱いものがぶわっと放たれてしまいそうだった。でも彼女の内側の、まだ知らない箇所を突いて得られる反応はどれも真新しく、愛おしく、こんな時間が永遠に続けばいいのにと心から願ってしまう。
「ぁ……っい、っく…」
彼女の上側を擦ると、彼女は口元を押さえたまま声を漏らした。中がぎゅーっと狭くなる。
「ふ、は…」
耐えきれず、意図しないタイミングで精を漏らしてしまった。じわぁ……と熱いものが彼女の中に広がっていった。オレは息を荒げて肩を上下させている彼女の上に、ぐったりと覆いかぶさった。

***

「あら、美奈子ちゃんもう帰るの?」
午後四時すぎ。普段よりちょっぴり早い彼女の帰宅に、母さんが残念そうに肩を落とした。普段は仕事を終えた母さんや妹と、少しお茶して帰るのが習慣だったから、今日もそのつもりでいたんだろう。
「は、はい……今日はこのあと、用事が」
心なしか、彼女の頬は赤い。オレもなんだか母さんを直視するのが恥ずかしくて、彼女を送ってくふりをしてせわしなくスニーカーを突っ掛けた。
「また、遊びにいらっしゃいね!」
明るく笑って彼女を送り出す母さんの声が普段と変わらないことに少しホッとするけど、オレの母さんのことだ、何か察していてもおかしくはない。

彼女と無言で並び、帰路に着く。オレンジ色の夕日が、熱のこもった彼女の頬をより赤く染めている。本当はもっと一緒に部屋で過ごすこともできたんだけど、なんだか気まずくて彼女の「宿題」も手につかず、ふたりとも外の空気を吸って冷静になる必要があった。
隣でぷらぷら宙を浮いている彼女の手のひらをそっとつかまえると、彼女がはっと目を見開いてオレの顔を見上げた。小さくて細くて、触れると温かくて柔らかい――すこし前まで知り得なかった彼女のこと。それが今日の出来事を経て、鮮やかに湿度と温度とともにオレの身体の中に根付いている。

オレは彼女に向き合って、その頬に手を添える。彼女はゆっくりと目を閉じた。この日最後のキスを交わす。
プールに上がった水飛沫と、ふたりの合わさった温かい肌の匂いが、少し冷めた夏の空気に溶けていった。