仕事からの帰り道、12月に入って一気に年の瀬めいていく繁華街を歩きながら、今年のクリスマスに思いを馳せた。
劇団の稽古や公演だけでなく、TVへの露出も増えていて、僕のスケジュールはやや超過労働気味だった
それでも、無理を通してでも時間を作ってみせよう、と僕は思った。
だってクリスマスは、僕らとって最も大切な記念日なのだから。
彼女が高校時代にアルバイトしてた花屋でテーブルフラワーを購入し、隣の輸入食品店でオータムナルのダージリン茶葉と白のヴァンナチュールを買って、僕はいそいそと彼女の待つ家へと急ぐ。
こんなお土産を用意したところで、彼女を日曜日の今日も一日中ひとりにさせたことへの埋め合わせには、決してなりはしないと分かってはいたけれど。
エレベータを飛び降りて部屋のドアを開ければ、彼女の鼻歌が漏れ聞こえてきた。
それからすぐに、パタパタとスリッパの足音が玄関に近づいてくる。
「おかえりなさい!」
太陽のような笑顔が僕を包み込む。
僕は胸のなかに飛び込んで来る天使を抱きとめ、その髪に顔を埋めた。
「ただいま」
熱い抱擁と数回のキスを経て、彼女は僕の腕を引っ張りリビングへと歩き出した。
「このところ忙しくて焼きそばばっかりだったでしょう。だから今日は気合を入れてご飯をつくってみました」
得意げに胸を張る彼女に、
「僕は焼きそばも好きだよ」
と軽口を叩けば「もう!栄養が偏るでしょ!」と頬を膨らませてぷりぷりしている。
ダイニングテーブルの上には色とりどりの美しく芳しい湯気を立てた料理が所狭しと置かれていた。
物知りで凝り性な彼女のことだ、きっとポワレだとかミキュイだとか難しい名前の料理をこだわりのレシピで作ってくれたのだと思うけど、浅学な僕にはそれがどれだけ手間のかかるものだか想像もつかない。
ただただ、僕のいないあいだも僕だけのためにこんなにたくさんの料理を用意して帰りを待ってくれた事実が嬉しかった。
彼女はどこからか花瓶をもってきてテーブルフラワーをしつらえ、ワインオープナーやグラスをうきうきと用意している。
僕はたまらなくなって、キッチンに立つ彼女を後ろから抱きしめた。
柔らかな彼女の温かい肌の匂いに、胸の奥がギュッとする。
「せっかくの日曜日なのに、ひとりにしてごめん」
「だいじょうぶだよ。今をときめく人気俳優さんをわたしだけが独り占めするわけにはいかないもの」
彼女は僕にやさしくキスをして、「さ、食べよう」と席へと促した。
ふたりでテーブルを囲み、彼女の作った料理を食べ、飲み慣れないワインを味わう。
彼女は、今日の徹子の部屋がこのまえ収録したばかりの僕のゲスト回だったことや、お昼のワイドショーに七ツ森くんが出ていたこと、花椿さんたちがフランスから絵葉書を送ってくれたことなどを楽しげに話してくれた。
彼女がもう少しワインを飲んで赤くなりはじめたら、今年のクリスマスの希望を聞いてみようか。
そんなことを考えながら、僕だけの女神が明るく照らし続ける食卓を愛しんでいた。