初めてのセックスを終えたのは18時過ぎだった。
2時間ものあいだ時が過ぎるのも忘れて睦み合っていたせいか、終わった頃にはお互いすっかり喉が渇いていて、冷蔵庫の中のバヤリースの瓶があっという間に空になった。
そのあと、彼女がシャワーを浴びるというので、僕も一緒に浴室に入った。
ちょっと狭いけど、バスタブに湯を張ろう、と彼女が言うので、ふたりで小さな湯船にぎゅうぎゅうになって浸かった。
身を寄せ合っているうちに、僕はまたどうしようもなく彼女の中に入りたくなった。
僕は彼女の後頭部の髪の毛をかき分け、その小さな耳に口を寄せた。
「ねえ、もう一回、したい」
僕の身体の上で油断し切った表情で湯船に浸かっていた彼女がギョッと身体をこわばらせた。
「えっ」
そっと僕から離れようとするので、彼女の胸に腕を回し、引き寄せた。
「だめ?」
すっかりそそり勃っているペニスを彼女の柔らかなお尻に押し付けて、熱量をこめて彼女を見つめれば、彼女は困ったように微笑んだ。
僕らはしばらくのあいだバスタブの中で向かい合い、互いの身体を味わっていた。
だけどすぐにのぼせそうになって湯を抜き、もうもうと湯気が立ちのぼる浴室の壁に彼女の身体を押し付けて立ったまま彼女を後ろから犯した。
僕は容赦無く、そして絶え間なく彼女を責め立てるので、その嬌声は浴室いっぱいに反響した。
きっと部屋にも、ひょっとしたら廊下にも響いているかもしれない。
けど、旅の恥はかき捨てって言うでしょ。
こんな僕らの情事を知ったら氷室の家族たちはみんな卒倒してしまうかもしれないけど。
***
僕らが浴室を出た頃にはすっかり日が暮れていた。
バスローブを羽織った彼女は濡れ髪のままベッドに倒れ込んだ。
「もう、無理…」
僕はサイドテーブルに置かれていたホテルの案内ガイドを読みながら彼女のぼやきに答えた。
「そう?僕はあと一回くらいできそうだけど」
「かんべんして」
彼女はベッドから起き上がって、ローブの胸元をぎゅっと握り僕を睨んでいる。
それを知らんぷりしながら、僕は夕飯をどうすべきか考えていた。
「最上階にレストランがあるみたい。あと、ルームサービスもあるよ」
彼女はそれを聞いてまたベッドにこてんと倒れ込んだ。
「メイクも取れちゃったし、もう部屋から一歩も出たくない」
ぐったりしている彼女を横目に、僕は「それもそうか」とフロントにつながる電話の受話器を取った。
30分くらいして、部屋に料理が届いた。
行儀が悪いことは重々承知で、僕らはベッドの上で隣り合って食事を摂った。
適当につけたチャンネルでは古い映画を再放送していて、僕らはなんとなく黙ってとくべつおもしろいわけでもつまらないわけでもないその冗長な映画を観ていた。
かちゃ、と彼女が空になった白磁のプレートの上にフォークを置いた。
そしてテレビから目を離さずに、ぽつりとつぶやいた。
「お酒の力を借りちゃったけど、ちゃんと一紀くんを誘えてよかった」
僕はそれを聞いて思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「あれはやっぱり、そういう計画の一部?」
ずれたメガネを戻しながら彼女をちらりと見遣れば、彼女は隣でニンマリしていた。
「酔ったフリ、もね?」
わたし、チューハイ3缶じゃ酔わないもん、と胸を張っている。
僕は自分のアルコール耐性を不安視しつつ、やれやれ先が思いやられるな、と肩をすくめた。
食器を片付けて、僕はホテルの窓から外を見た。
海辺のホテルからは真っ暗な海と空の曖昧な境界線がうっすらと視認できた。
外はまだ雨が降っていて、波は荒かった。
この調子だと、きっと明日の帰路も雨だろう。
ベッドの上の彼女は身体をうつ伏せにして、のんびりとくつろいだ様子で本を読んでいた。
僕はそっと彼女に近寄って、無防備に投げ出された彼女の細い足首を掴んだ。
今度もまた驚くかな、と思ったけど、意外にもこちらを振り返る彼女の瞳は穏やかだった。
「――まだ足りないの?」
そう言って挑発的な笑みを浮かべている。
「うん」
僕は彼女に吸い寄せられるようにしてベッドに上がり、その身体を抱きしめてキスをした。
「今日のデート、楽しいね」
無邪気な笑顔で彼女が言った。
僕はすこしだけ泣きそうになりながら、また「うん」とうなずいた。
外はまだ長い雨が降り続いていた。
けれど、雨脚は弱まって、木々を揺さぶっていた強い風はすっかり止んでいた。
彼女とベッドで向かい合って耳をすませば、やさしい雨が窓をたたくかすかな音だけが聞こえた。