「ちょ、ちょっと…飲み過ぎじゃない?」
ホテルのベッドに腰掛けて映画を観ていた時、つい先日20歳になった彼女は缶チューハイを開けた。
「お酒、飲めるの?」と訝しげな目線を送る僕に、彼女は「ちょっとだけ」とウインクした。
それでしぶしぶ承諾したけれど――彼女は気づいたら部屋に備え付けられている冷蔵庫のなかのお酒を2缶、3缶と空にしてしまった。
普段の彼女なら絶対にこんな無謀なことはしない。
僕は少々面食らっていた。
頬をぽわっと紅潮させて、言動もすこしふわふわしている彼女が僕に寄りかかる。
「いのりくん、すき」
ふふ、と普段通りに見える柔らかい微笑みは、見えないハートマークが飛んでいるように甘い。
そしてさっきから、なんだか肩に柔らかい何かが当たってて…。
僕は頭に広がるピンク色した煩悩を、必死に振り切った。
「ねえ、酔ってるでしょ」
冷静を装って、僕は彼女を嗜めた。
「ん〜、酔ってない!」
僕がそっと身体を離そうとするのを、彼女がぎゅっと抱きついて引き戻す。
「ちょっと!君、そんな薄着で引っ付いて……タチの悪い酔っぱらいにも程があるよ」
もうほどほどにしときなよ、と僕が言えば、
「じゃ、いのりくんがキスしてくれたらやめる」
と、うるんだ瞳がこちらを見つめた。
彼女は頬だけじゃなく、ノースリーブのニットからのぞく細い肩の先までピンクに染めていた。
唇もなんだかツヤツヤしていて、すごく柔らかそうで…。
アルコールのせいか、妙に艶めかしい彼女の姿を見ていると、勝手にごくりと喉が鳴った。
――無理だ!
思考より先に本能が音をあげた。
このまま彼女にキスしたら、もうだめだ。
キスなんかじゃ終われない。
彼女の薄い唇をこじ開けて、舌を絡めて。
身体をベッドに押さえつけて、ニットとジーンズを取り払って。
あらわになった彼女の柔らかい肌に吸い付きたい。
「君は、何にもわかってない」
僕は彼女から目を背けた。
これ以上は、とてもじゃないけど耐えられない。
正直、今の僕には刺激が強すぎる――僕は彼女から意識を逸らして自らを諌めた。
だけど僕は、それじゃ何もかもダメなんだってことをすぐに思い知らされることになる。
「…ぐす」
背後から、鼻をすする音がした。
ぎょっとして振り返れば、彼女がポロポロと涙を流して泣いていた。
「えっ?なんで?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「わかってないのは、いのりくんでしょ」
彼女は両目いっぱいに涙を浮かべてこっちを見ていた。
「えっ…」
「わたしだって、ちゃんとした誘い方なんてわからないんだもん」
そう言って手元のシーツをぎゅっと握る。
想定外の彼女の反応に、僕はしばし思考停止した。
誘うって、そんな、まさか――。
だって、今まではふたりで僕の部屋にいたって、僕のベッドに笑い転げて倒れ込んだ時だって、そんなそぶりは一度たりとも見せなかったじゃないか。
僕は彼女が腰掛けているベッドサイドに回り込んで床にしゃがみこみ、おそるおそる彼女の顔を覗き込む。
「僕も駆け引きは苦手だから、単刀直入に訊くけど――」
口を開けば、彼女は涙でうるんだ瞳をこちらに寄越した。
顔を真っ赤にして、唇をぎゅっと結んでいる。
すこし必死な顔をしている時の彼女は可愛い。
僕は言葉を続けた。
「君は、僕とセックスしたい、ってこと?」
彼女は少々面食らった顔で、口をはくはくさせた。
追い打ちをかけるように、僕が訊いた。
「このままだと、僕は君とセックスしたくなっちゃう。だから、君にもしそのつもりがないなら――特に、単に酔っ払ってるだけなら――この辺にしておいてほしい」
彼女は目をぱっちり見開いて、黙ったまま僕の顔を凝視していた。
「君は、――したいの?」
言葉を重ねた僕の手を、彼女がとった。
「したいよ」
彼女はそう言って、僕の手を引っ張った。
僕はベッドに横たわった彼女に覆いかぶさるように身を乗り出した。
「ずっとしたかった」
シーツの上に、彼女の細い髪の毛が花びらみたいに散らばっている。
彼女は横を向いて、そのまま何も言わなかった。
きっと「ずっとしたかった」の後にはいろんな言葉が続いているのだろう、と僕は思った。
僕が高校生であることに遠慮してくれていたのだろうか。
あるいは、なかなか僕から誘わないことに、やきもきしていたのだろうか。
きっとその両方だろう。
僕は意を決して、彼女の唇に短いキスを落とした。
普段通りの向き合うキスじゃなく、彼女に覆いかぶさりながらするキスは、身体同士が密着していて、今までのキスなんて比べ物にならないくらい、身体の内側がゾワゾワした。
彼女の身体は柔らかく、壊れてしまいそうなほど小さく華奢だった。
僕はすぐに短いキスじゃ物足りなくなった。
「舌、出して」
荒くなった呼吸の狭間で、唇をつけたまま彼女に命ずれば、彼女の口から柔らかな舌が顔を出した。
すかさずその控えめにあいた唇の間に舌をねじ込んで彼女の歯並びに這わせば、短い呻き声がする。
僕はちゅっと短く彼女の舌を吸い上げた。
すると彼女の身体が震えるのがわかった。
このまま甘い痺れが脳や身体を支配して、理性を失うのが怖い。
だけどそんな恐怖心は、彼女と肌を合わせたらどんなに気持ちいいだろう、という欲望に塗り替えられていく。
僕は注意深く彼女を観察しながら服を脱がせた。
ニット、ジーンズ、ブラジャー、そしてパンツ。
彼女の白い肌は月の光みたいに光沢を放っていた。
この世のものとは思えないくらい、綺麗だった。
正直、こんな綺麗なものを汚していいんだろうか――なんて、そんな戸惑いが胸の内に生まれるほどには。
「いのり、くん?」
僕に組み敷かれた彼女の熱っぽいまなざしが、僕を現実に引き戻す。
再び彼女にキスをして、さてどうすれば彼女が痛がることなく初体験を終えられるだろう、と考えた。
目の前の彼女は、目を見張るほどに美しく、そして優しくて賢くて――これ以上ないくらい、素敵な女性だ。
一方で、僕はどうだろう。
彼女を満足させられるデートもできなければ、彼女の必死の誘いに気づきもせず泣かせるような男だ。
自分にこの人を抱く資格なんて、あるんだろうか。
そう考えると、僕は身動きが取れなくなった。
彼女が心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫?」
嫌な汗が、身体中からぶわっと吹き出た。
こんな自分が嫌になる。
だけどどうしようもなく、自信がない。
またなにかヘマをして、今度こそ本当に愛想を尽かされたらどうしよう。
「嫌だった?」
目の前の彼女はまた少し泣き出しそうな顔をしている。
「まさか、嫌なわけない」
僕は勢いよく頭を振った。こればかりはきちんと否定したかったから。
「けど…急にどうすればいいか、わからなくなって」
やっぱり今日はここまでにしよう、そう言いかけた時だった。
彼女は身体を起こして僕を懇願するように見た。
「お願い、わたし、どうしてもしたいの」
きっぱり言い放った彼女はごく真面目な顔をしていた。
「すこしだけ、わたしにチャンスをください」
そしておもむろに彼女は僕の身体に跨った。
「な、何を…」
僕が言い終わらないうちに、力なく横たわったままのペニスにそっと口づける。
信じられない、と僕が呆気に取られていると、彼女は躊躇うことなくそれを口に含んだ。
ふっくらとした唇の向こうに広がる彼女の咥内に吸い込まれ、そのあったかい感触に包み込まれる。
「あ……」
心地良すぎて、思わず声が漏れた。
彼女はしばらく探るように隅々まで舌を這わせていた。
けれどこちらの反応を注意深く観察し、次第にいくつかのポイントを掴んだようだった。
ぬる、と舌を押し当てられて裏筋を舐められたあと、彼女が思い切り先端に吸い付いた。
彼女はちゅ、といやらしい音を立てて、尿道に舌を出し入れした。
「は、それ駄目…出ちゃう」
僕は彼女の顔を手のひらで押し返し、抵抗する。
彼女は得意げに「いのりくん、ここ弱いんだ?」と意地悪な笑みを浮かべていた。
情けないことに、彼女のフェラチオに刺激され、僕のペニスはすっかりもとの硬さを取り戻していった。
「おっきくなったね?」
僕は気が遠くなりそうなのをあと一歩のところで耐えていたので、ただこくこくと頷くことしかできなかった。
彼女は身体を起こして再び僕の身体に跨ると、腰を浮かせて自らの入り口にペニスを充てがった。
「まって、君が挿れるの」
僕は慌てて彼女を制す。
たしかにすごくリードしてくれてはいるけど、彼女だってはじめてのはずだ。
いきなり自重がかかるような対位で挿れたら痛いに決まってる。
しかし、そんな僕の言葉など届いていないかのように、彼女は熱っぽいまなざしのまま言った。
「わたしなら大丈夫」
彼女は秘部に僕の手を誘って、そっと入り口に当てた。
そこはたしかに十分すぎるほどに濡れていた。
僕は、そのしっとりと温かな感触に「彼女が自分でこんなに感じてくれたんだ」と妙に心を動かされた。
欲望のままに、気づけば2本の指を彼女の中に突き入れていた。
僕が指を優しく抽送し、くちゃくちゃとかき混ぜれば、彼女は「あ」と短く叫んで、腰を痙攣させた。
2本の指をとろけきった彼女の中身が締め上げる。
目の前の光景に息を荒くする僕に、彼女は「いいでしょ?」と首を傾げ、うるんだ瞳のまま懇願しつづける。
僕はしぶしぶ頷いて、彼女の白い腰を掴んで支えた。
「ゆっくり、力を抜いて」
僕の言葉に頷いた彼女が、はあ、はあと荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと腰を落とす。
その光景がどうしようもなく扇状的で、僕は全身の血液が逆流してるんじゃないかってほどの目眩を覚えた。
みちり、と彼女が僕を全て飲み込んだ時には、僕は背中にじっとりと汗をかいていた。
彼女は顔を恍惚とさせて、僕を見下ろしていた。
僕はただそれを顔を真っ赤にして(見たわけじゃないけど自分でもわかるくらいに顔が熱ってた)眺めていることしかできなかった。
「痛くない?」
僕は腰をしっかりと支えたまま、彼女の顔を覗き込んだ。
「ん…痛くない。きもちいよ」
雨天で薄暗くなった午後5時のホテルの部屋に、彼女の唇が妖しく光り、それが僕の耳元でそっとつぶやいた。
「ねえ、動きたい」
しっとりとした彼女の手のひらが、僕の胸から腹を撫でていく。
僕は彼女の言葉に頷いた。
彼女は不慣れな手つきで腰を浮かせたあと、再びゆっくりと腰を沈めて僕のペニスを飲み込んだ。
ここで初めて僕は、彼女の粘膜に包まれた下半身の感触に集中力を研ぎ澄ませることができた。
彼女の中は熱くてきつくて柔らかくて、気を抜くとすぐに果ててしまいそうだった。
動きが加わることで、さきほどまでとは段違いに彼女の形をありありと感じ、僕は電流みたいな強い刺激が身体を熱くするのを感じた。
荒い吐息が、幾重にも重なり合う。
セックスは、禁断の果実みたいだ――僕は思った。
未知の体験が四肢を駆け巡って、身体に新しい魂が吹き込まれていくみたいに。
彼女の味を知る前の僕と、今の僕とは、全く違う人間になってしまった。
楽園を追放されたアダムとイヴのことを、ふと思う。
ふたりが知ったのも、きっとこんな快楽だったに違いない。
僕がすっかり感じ入っていると、途端、彼女がへたりと僕の胸に倒れ込んできた。
「疲れた?」
荒い息で上下する彼女の肩を抱き寄せる。
「気持ちいの。でも、いのりくんのがおっきいから…」
上気した頬と濡れた瞳のまま、彼女は眉をひそめた。
「刺激が強くて、うまく動けない」
積極的にリードしている彼女は一見、手慣れているようにも見えるが、身体は震えていたし、肌にはしっとりと汗をかいていて、その表情には一種の必死さが滲んでいた。
僕は自分の不甲斐なさに叫び出したい気持ちをぐっと堪えた。
確かに今日のデートの僕はサイテーで、彼女をメロメロにするようなセックスもできないかもしれないけど。
女神みたいに素敵なひとが、僕を待っていてくれている――だからちゃんと、大人にならなきゃ。
「こんなにリードさせて、ごめん」
僕は額に張り付いている彼女の前髪をそっと取り払った。
「けど嬉しかった」
それまですこし不安そうにしていた彼女が花みたいに笑う。
「良かった。はしたない女だと思われていなくて」
ホッと胸を撫で下ろす彼女を抱き寄せて、その耳元ささやいた。
「そう?最高だったけど」
「え?今なんて?」
彼女は顔を真っ赤にして呆気にとられている。
「二度は言わない」
僕は笑って、彼女を抱きしめたまま広いダブルベッドの上を転がった。
そして僕が再び彼女に覆い被さる形になった。
心のうちにはもう、不安はなかった。
彼女に跨られていたときの落ち着かない感じ(それはそれで最高ではあったけど!)もなく、ただただ自分の力で彼女を満足させたい――彼女のまだ見ぬ側面をもっと見たい、そんな気持ちで僕は再び彼女に相対した。
彼女は優しく両腕で僕を招き入れた。
豊かな胸に顔を埋めると、甘くて温かい肌の匂いが鼻腔をかすめた。
乳房の内側から、ちろりと舌を這わせ、綺麗な桃色の頂を優しく食む。
彼女は「あ」と短く叫んで両目に涙を溜めたまま横を向いた。
ツーと水滴が彼女の可愛い頬を伝ってシーツに落ちる。
唇はきつく結ばれて、ふ、と堪えた息が僕の鼓膜をかすかに震わせた。
その時、僕の中で何かが弾けた。
彼女も今日が初めてで、なにもかもがわからないはずなのに。
精一杯の心で、こんなに僕を感じようとしてくれている。
僕は繋がったままの場所をもっと彼女に近づけたくて、ぐっと腰をすすめた。
彼女は短く息を呑んで、僕を受け入れた。
その中は柔らかく、ぶわっと広がって、僕はなんだか大きな波の中に飲み込まれていくみたいだと思った。
ああ、このまま彼女をめちゃくちゃにしたい――狂うほど喘がせて、呼吸もできないほどの快感でいっぱいにしたい。
そう思った頃には、僕はすっかり理性を手放していた。