ミューズが僕らに微笑んだ - 4/4

その日の八虎は手に負えない獣のようだった。

「ああ゛ッやだやだやだ、もう、無理っ、、ア゛、だめ、」
八虎の逞しい腕で腰を支えられ、世田介は八虎の身体に跨っていた。
パンパンパンパン、と激しいピストンで世田介を貫く太いそれが突き上げてくるたびに、身体じゅうが「こんなの耐えられない」と悲鳴をあげる。
ガクッと世田介の身体が前に倒れ、八虎にもたれかかれば、「ほら、まだ頑張れるでしょ」と八虎の腕に身体を起こされる。
「も、無理、い、…」
そう言って必死に腰を浮かせても、
「だめ。逃げないで」
と言って、ずちゅん、と勢いよくそれが世田介の中に沈められる。
「んあ゛…ぁ…」
世田介のペニスからはだらだらと止めどなく、先走り精液が混じったようなものが流れていた。
八虎は見るなり満足げにそれを掴み、容赦無く扱くと、尿道口に指を這わす。
「世田介くん、きもちい?」
「な、に…わかん、ない」
すっかり惚けた顔で、涎をダラダラながしているくせに、キュッと目を瞑ってこっちを見ようともしない。
「強情だなぁ」
八虎はドロドロになっている世田介を解放し、ずるりと己を引き抜いた。
世田介はすこしほっとしたような顔をしたが、八虎は彼をを四つん這いにさせると、またすぐに容赦なく再び聳り立つそれをグズグズにとろけきった世田介の中に深く沈めた。
「んあっああ…!」
ここ。ここが好きなんだよな。
「世田介くん、きもちい?」
ここに当てると、ちょうどコリュコリュと彼の前立腺を刺激できるのだ。
「あ゛っあ゛っやだ…ちが…」
必死に頭を横に振る。
そんな必死にならなくても、バレバレなのに。
「正直に言わないとこれ、やめないよ?」
耳元で低く囁きながら、激しく抽送を続ける。
「ぁあ゛っ…あんっあ゛あ゛…」
「ほら、言えよ」
八虎に容赦なく奥を蹂躙され、ついにはぼろぼろと涙を流して懇願するように許しを乞う。
「き、もちいい…!きもちいからぁ!」
も、許して…声にならない言葉と共に、ガクガクと身を震わせて強い快感が世田介の身体を突き抜けた。
ダラダラと流れるばかりだった精液が、びゅ、と吐き出され、八虎がそれを手で受け止めた。
「やっと言ってくれた」
八虎は心底嬉しそうに笑って、世田介が吐き出したばかりの精液がべったりついた手のひらをぺろりと舐めた。

今日の八虎は、どうかしている。
あの映画がそうさせたのか、それともこの共同生活が彼をおかしくしたのかはわからない。

八虎の肌は汗でじっとり濡れていた。
クーラーが効いていても、今は真夏だ。あんなに動けば無理もない。
八虎は四つん這いにさせていた世田介の身体を横たえると、ヘッドボードに置かれていたスポーツ飲料をグビグビ飲み、下で息を上げている世田介にも飲みかけのボトルを差し出した。
しかし、ぐずぐずに惚けている世田介は起き上がる気力もないようで、疎ましげな目線を八虎に送るだけだった。

その様子を見て「仕方ないなあ」とつぶやいた八虎は、スポーツ飲料を口に含み、世田介の唇に口付けてゆっくりと流し込む。
世田介の小さな喉仏が、こく、こくと音を立ててそれを飲み干すのを確認するなり、安堵の表情を浮かべた。

スポーツ飲料を飲み下し、ふー、と大きく息を吐いて荒くなっていた息をととのえる世田介の唇に、もう待てない、とばかりに八虎がまた口づけた。
世田介はもう少し休ませて欲しい、と思ったが、つい先ほど八虎の求愛を受け止めると宣言した矢先、甘んじてその永い口づけを受け入れることにした。

口づけを交わしながら、八虎は世田介の足首を掴んで股を開かせると、苦しそうに張り詰め硬さを保ったままのそれを、再びズンと沈めた。
世田介の中は、それをいとも簡単に受け入れた。

中はもうぐちゃぐちゃにとろけていたが、八虎の圧迫感や硬さ、その形の細部まで、全ての感触すべてを味わうように吸い付いた。
――身体が、彼専用に書き換えられていくみたいだ…
その感覚は恐ろしかった。けど同時に、泣きたいくらい心地よかった。
世田介の小さな唇が、かすかにうめき声をあげる。

「神様が本当にいるならさ」
世田介の様子を恍惚とした表情で眺めていた八虎が、口を開いた。
「世田介くんに出会わせてくれたこと、感謝を伝えたくてたまらないような気持ちになるんだ」
唐突な告白に、世田介は目を丸くした。

「世田介くんは、俺のミューズだ」
言いながら、八虎の指が、ツーと世田介の唇をなぞる。
お互いの唾液に濡れた唇はてらてらと艶かしく光っていた。
「俺は女じゃないよ」
「でも、世田介くんのせいで俺はこんなになっちゃったんだよ」
その言葉は悲痛な叫びのようでいて、甘くうっとりとした響きを含んでいた。
八虎の指は唇を離れ、世田介の首筋をなぞったかと思うと、ゆっくりとした手つきで彼の細い首を掴んだ。

「君が俺を変えてしまったんだ」
首を掴まれた感触に驚き、世田介はビクッと身体を震え上がらせる。
しかし、がっしりとした八虎の身体は押そうが暴れようがびくともしなかった。
「世田介くんが好きだよ。世田介くんが見せてくれる世界が好き。だけど、酷く醜い感情が同居してるんだ」
ゆうるりと、じわじわと、八虎の指が世田介の首を絞める。

「世田介くんも、ずっと、俺のことだけ考えて、苦しんでよ」
首が締まり、息が苦しくなると同時に、再び八虎の熱い塊が容赦なく世田介の奥に突き上げられる。
「ぁあ゛ッ…」
肺に届く酸素が薄くなる。それなのに、敏感なところを抉られ、腹には行き場のない快感が疼いている。

そうこうしているうちに、頭がぼんやりして、次第に正常な判断力が失われていくのを感じた。
「世田介くんの心も身体も、俺にだけ、犯させて」
八虎の抽送はどんどん激しさを増していき、腹の奥に疼く快感が身体をせりあがってきて、うまく息ができない。
必死に息を吸い込めば、「ヒュ」と乾いた音だけが喉をすり抜けていった。

そんな世田介を愛おしそうに見つめながら、八虎が言った。
「世田介くんの喜びも幸せも、嫉妬も羨望も憎しみも全部俺のものにしたいんだ」

まずいことになった――と世田介は回らない頭の中で考えた。
このまま彼の好きにさせていたら、身が持たない。

やけっぱちになっている彼を正気に戻す方法には、ひとつだけ心当たりがあった。
彼が自分への愛ゆえに苦しんでいるのだとすれば、彼を救えるのもまた自分しかいないのだ。

世田介は呂律の回らない舌で必死に声を出す。
「やと、ら」
「…え」

その言葉に八虎はびくっと怯んだ。
首を絞める力が少し緩む。
世田介は続けた。
「八虎、あいし、てる」
「え、…い、今なんて…」
「愛してる」
突然の告白に、八虎はただ唖然とするしかなかった。

世田介は目を逸らさず、じっと八虎を見つめている。
いつになくはっきりと意思を示す彼の様子に、八虎は少なからず動揺していた。
「もう、いいから」
八虎は呆気に取られたようにぽかんと口を開けている。
「そんなふうに自分だけ悪者扱いしなくたっていいよ」
ごく淡々と、真剣な世田介の眼差しに、全てを見透かされているような気分になる。

「俺だって、矢口さんを苦しめてるから」
世田介はそう言うと、ぽかんと開いたままの唇にそっと口づけた。
突然のキスに我に帰った八虎は、先ほどまでの獰猛さを失って、しおしおと世田介の上で項垂れた。
「ご、ごめんなさい…おれ…」
どうやら正気に戻ったらしい八虎の様子に、世田介はふーっと安堵のため息をついた。

「酷いこと…してごめん…おれっ自分のことばっかっ考えて…」
ぼたぼたと涙が降ってくる。
ああ、こうやって自分の前で泣き始めるこの男を見るのは何度目だろうか。
「わかったならいいよ」
世田介がうっすらと微笑んで、くしゃりと八虎の髪を撫でた。
八虎はほっとした様子で、世田介の胸の中に涙に濡れた顔を埋めた。

***

もみくちゃになるまで抱き合ったふたりは、疲労が限界を迎えている肉体をセミダブルベッドいっぱいに、ひしめきあうようにして横たえていた。

「矢口さんがもう俺を抱かないのかもしれないと思ったとき、苦しかった。死ぬかと思うくらい」

世田介は恥ずかしいのか、目頭に手の甲を当て、八虎の方を見なかった。
しかし、いつもより素直な世田介の言葉が嬉しくて、八虎は口元を緩ませた。

「俺のせいで苦しんでくれてありがとう」
「矢口さんも、いつも俺に苦しめられてくれてありがとう」
世田介が負けじと言い返すと、ふたりは自分たちの会話の滑稽さに、どちらともなく吹き出した。

「なにそれ、ひっでーな」
「はじめたのはそっちじゃん」
そう言って笑い合いながら、ふたりはまた、もう何度目かもわからないキスをした。
夜はすっかり更けて、もうすぐ朝と呼べる時間帯になろうとしていた。

「ねえ、もう八虎って呼んでくれないの」
「あれはいざというときの最終手段として、もうしばらくは取っとく」
けちー、いけずー、と不満を漏らす八虎を無視して、世田介はひとり眠気に身を任せることにした。

結局、自分が八虎にとってのミューズだったのかはわからない――世田介は眠気に支配されつつある頭でぼんやり考えた。
彼は自分がいなくとも、ここまで来られた筈だ、そう思えて仕方なかった。
むしろ、八虎がいなければここにいなかったのは自分の方だろう。

厚ぼったい雲に覆われていた空からは、雨が降り出していた。
ベランダの床に打ちつける水音に耳を澄ませれば、どっと疲労が押し寄せて、今にも寝落ちてしまいそうだ。
明日は久しぶりに八虎と昼まで朝寝をすることになるのだろう。
そんなことを考えながら、世田介はゆっくりと瞼を閉じた。