常夏のため息

「天から落ちてきたひとびと」の直後のショートストーリーです。

***

体躯の大きな彼と一緒に狭いアパートの浴室で身体を並べているのはひどく滑稽だ。
みちみちと音がしそうなほど肌を寄せ合って、わたしたちは向かい合っていた。

「脚、開いてください」
金色の長いまつげを伏せて、裸の彼がわたしの両足首をつかんで閉じられた脚と脚の隙間を注意深く見つめている。
「でも……」
はずかしい、と言葉にせずとも伝わっているはずなのに、彼は頑として聞き入れない。

学校からの帰り道、クラスメイトの男の子の傘にいれてもらっているところを、傘を届けに来てくれたウォロさんに見られた。
何食わぬ顔で家までわたしを連れ帰った彼の涼しい表情をすっかり信じ込んでいたが、家に着くなり彼は我を忘れた様子で強引にわたしを抱いた。

行為の最中、普段の人懐こい笑顔をすっかりわすれた彼が言った。
『どこにも行かせない……ワタクシを、こんな目に遭わせておいて』

彼は、一体わたしが何処へ行けると思ったのだろう?
クラスメイトの男の子と恋仲になるかもしれないと、嫉妬してくれていたのだろうか?
いまだ、その真意はわからない。

行為のあと、彼は自分がわたしのなかに吐き出した精を掻き出すべく、湯を沸かして風呂場を暖めた。
わたしとしてはさっさと自分で済ませてしまいたいのだけど、風呂が沸いたと同時に彼も服を脱いで浴室に入ってきた。

「はやく掻き出さないと、アナタだって困るでしょう」
彼が呆れたように言って、わたしの顔を覗き込む。
「じ、自分でできます……!」
「いいから、ワタクシに委ねなさい」
いやに熱心な彼の態度に根負けして、ついにくっつけていた膝のあいだに隙間を作る。
するとすかさずに彼が膝を掴んであっという間に脚の間に割り込んできた。

彼の精が漏れ出している割れ目に、彼の骨張った長い指が二本差し込まれた。
「んんっ」
わたしは口元を押さえた。
浴室は響くから、嬌声をあげようものならこんな古いアパートの壁なんてあっという間にすり抜けてしまうだろう。
くぐもった微かな声が、彼の荒い吐息に混じって静かに浴室に反響している。

ぐちゅりと彼の長い指が胎の中を満たしていた熱い蜜を掻き出せば、ぷぅんと栗の花の匂いが浴室に充満した。
指が抜けた後も割れ目はだらしなくぽっかりと口を開けている。
恥ずかしさに耐えきれずそれを隠そうとしたが、彼に制された。
彼は片手にシャワーヘッドを持ち、ちょろちょろと少量の湯が流れるように調節し終えるなりそのままわたしに押し当てた。
「ひゃっ、!」
これは嬌声ではなく悲鳴だった。

すぐさま、湯の供給量に耐えきれなくなった膣からゴポリと湯が吹き出した。
あまりの羞恥に、自分が耳まで真っ赤にしていることがわかる。
わたしはぎゅっと目を瞑って恥ずかしさをやりすごそうとした――けれど彼が容赦無く送り続ける温かい湯で胎はいっぱいに満たされ、ゴプッ、プシャッとはしたない音を立てて絶え間なく湯を吐き出し続ける音や感触からはどうあがいても逃れられない。
おまけに、その様子を空腹の獣のようにぎらついたまなざしで見守り続ける彼に、わたしはすっかり驚いて怯えていた。
なんだかこのまま彼に噛みつかれそうな気がして、わたしは震え上がった。

「も、もう大丈夫ですから…!」
涙目になりながら訴えると、熱心に湯を注ぎこんでいた彼がハッとした様子でこちらを見た。
「あ。そうですね、ちょっと楽しくて我を忘れていました」
そう言って悪戯好きの子どものようなニタリとした笑みを浮かべてる。
わたしはそんな彼を咎める気力もなく、ただされるがままに抱き抱えられている。

***

アパートの浴槽は、わたしと彼がふたりで浸かるには狭すぎた。
だから必然的に、ウォロさんの身体の上にわたしが乗るかたちになってしまう。
彼の身体は見かけによらず筋肉質で、ゴツゴツしている――かと思いきや、こうして彼の身体に身を委ねると、柔らかく沈み込んでいくようで心地が良かった。

しばらく無言で湯に浸かっていたからか、彼の白い肌は熱ってうっすらと汗ばみはじめていた。
わたしはふと、いつも涼しげな彼のこんな姿を見るのは新鮮だと思い当たった。
「ウォロさんって、暑いの苦手ですが?」
「何です、急に」
彼が気だるげに返事する。
「いえ……ヒスイにいた時もここにきてからも、涼しい季節にしか一緒にいなかったので……ふと思ったんです」
「さあ、他の地で過ごしたことがないのでわかりません。ここも夏はさして暑くならないようですし」
彼の返答に、それもそうかと思い直す。

「けれど――確かに興味があります、この世界にも常夏の国があるとか。一度、行ってみたいものですね」
彼の視線が物思いに沈んでいるようだったので、わたしはすこし不安な気持ちになった。
なんとなく、彼がふらりとどこかへ行ってしまうような気がしたのだ。

すると、むぎゅ、と彼が片手でわたしの頬を掴んだ。
「アナタも、見てみたくはありませんか?」
わたしが振り返ると、彼が優しく微笑んでいる。
「わたしも一緒に行っていいんですか?」
目を丸くして驚いていると、彼ははーっとわざとらしくため息をついた。
「だから最初からそう言っているでしょう」
呆れ声の彼の返答に「そんなふうには聞こえなかったんだもの」と顔をしかめたが、お構いなしに彼はわたしの顎から首筋、鎖骨、胸をゆっくりと撫でながら言った。
「つい先程、あんな目に遭ったのによくもそんな考えが浮かぶものですね」
優しかった彼の微笑みが、ゆらりと不穏な気配を纏いだす。
わたしの背中に触れている彼のある部分が、少し硬さを帯び始めているのも気になる。

「ねえ、駄目……ですよ?」
わたしが念のためにと釘を刺せば、
「わかってます」
と一蹴された。
しかし、言ったそばからがっしりと肩を引き寄せられ、彼の美しい顔が近づいてくる。
彼の唇から舌がぬらりと妖しく現れて、わたしは吸い寄せられるように唇を開けて彼の舌を招き入れた。
「……ん、ふ、」
そのキスは優しく心地よく、わたしは甘いお菓子を味わうようにうっとりと舌を絡ませる。
ふと、何かがじわりと口の中に滲んできた――ああ、彼の味だ。
そうとわかった瞬間、麻薬のように思考の輪郭がぼやけた。
わたしはとろんとしたまま、慣れ親しんだ彼の唾液を飲み干して、もう一度口を開けた。
すると彼も熱に浮かされたような表情で、またゆっくりと唾液をわたしの口の中に垂らした。
それをわたしがこくん、と音を立てて飲み干し、雛鳥が親鳥に餌をねだるようにふたたび彼を見上げて口を開ける。

しかし、普段であれば従順なこちらの態度に満足げに微笑んでいるはずの彼は、余裕なさげにまばたきもせず熱っぽくこちらをただじっと見つめていた。
背中に引っ付いている彼のものは、すっかり硬くなっている。

彼は相変わらずぽーっとしているわたしの唇にそっと触れた。
「ショウさん、上がりましょう。このままではのぼせてしまいます」
たしかに風呂場は蒸気が充満し、茹だるような暑さだった。
季節はまだ春なのに、この部屋だけ季節を飛び越えて熱帯夜になったみたいだ。
わたしはなんだか嬉しくなって、目の前でじれったそうに熱視線を寄越し続ける彼に微笑みかけた。
「ふふ、なんだか常夏の国みたいですねえ」
その声は自分が想像していたよりずっと明るく、嬉しそうに響いた。
それを聞いて、彼はまた深くため息をついた。
「だめだ。すっかりのぼせてやがる」