煙の恋

風呂上がりの浴室に淡く煙草の匂いが漂っていることに気づいた時、わけもなく胸騒ぎがした。
ショウがパジャマに着替えておそるおそる脱衣所の扉を開けると、台所でウォロが古い換気扇の下で壁にもたれかかりながら煙草を吸っている。

外は雨が降っていて、ベランダを使えなかったのだろう。それにしても彼がこうして自宅で煙草を吸うのは珍しかった。
そもそも彼の喫煙量はそれほど多くない。村の人と大勢で集まる時や仕事が忙しい時など、なにかストレスの吐口がない時に陰でこっそりと煙草を吸う彼を何度か見かけた。
そんな時の彼の表情は決まっていつもどことなく暗く物憂げだったから、ショウは彼の煙草の匂いを嗅ぐとすこし不安になった。

彼はため息をつくように深くゆっくりと煙を吐き出した。
不機嫌そうな眼差しの先にはピンク色の皺のよった便箋が無造作に握られている。
彼はすぐ近くにショウが来ていることに気づいているがこちらを見ず、ただ便箋にならんだ文面をうつろな目で眺めていた。
ショウは嫌な予感が的中して、彼に呼びかけるべく口を開いた。
「ウォロさ――」
しかしその声に被せるように、彼が文面を口に出して読み始める。
「あなたを初めて見た時、なんて清らかに微笑む人だろう、そう思いました」
感情の乗らない無機質な声は、ラブレターの文体からほとばしる熱っぽさにはひどく不釣り合いだ。
「誰にでも分け隔てなく親切に接し、困ったことがあればすぐに手を差し伸べる――そんな貴方のことを気づけば僕はいつも目で追うようになってしまいました。朝も夜も、思い出すのは貴方のことばかりです」

そこまで読んで、ウォロはおもむろに咥えていた煙草を便箋に押し付けた。
ジュ、と音がして火がついた周りからみるみる紙が焦げていく。なにか不自然にものが焼ける時の嫌な匂いがした。

ショウが呆気に取られて何も言えずにいると、ウォロは顔面ににこやかな笑顔を貼り付けたまま告げた。
「アナタは今もずいぶんとお人好しで通っているんですね。コトブキムラの人々やギンガ団にこき使われていた頃と何も変わらない」
「そんなこと……」
「アナタを見ていると無性に腹が立つ時がある。アナタがあまりに受け身で――そして周囲の人間がアナタのそういう部分を勝手に解釈して好き放題に利用しているところを見ていると」

灰皿の上で燃えていた哀れな便箋は、すっかり灰になってしまった。
しかし、彼女は初めてもらったラブレターを目の前で燃やされても、悲しいとも残念だとも思わなかった。
ただ、便箋をみつめる彼のうつろな目を思い出すと嬉しくて身震いしそうだった。
自分はどうかしているんだろうか。彼女は自問する。

手紙の「彼」が綴ったように、たしかに彼女は純朴で素直なかわいい高校生だったが、正直ウォロのことに関しては価値基準が狂っていた――幸か不幸か、彼本人にはまったくそれが伝わっていないのだけれど。

彼はショウの小さな顎を乱暴に掴み、引き寄せた。
身長差のある2人なので、ショウは苦しげにもがいている。
乱暴にキスをされ、煙臭い舌がショウの咥内をまさぐり、息が続かなくなった頃にようやく解放された口の端からこぼれた唾液が糸を引いた。
「ワタクシ以外の人間に心を砕く必要なんて、これっぽっちだってありませんよ」
冷たく見下ろす彼の視線に立ち向かうように、ショウは毅然とした態度で言い返す。
「わたしはウォロさんしか、見てないもの」
彼女の言葉に彼は自嘲気味にふ、と微笑んだかと思うと表情から一切の感情が消え失せ、再びただうつろな視線が彼女を捉えた。
「じゃあ、証明してくださいよ」
ショウはウォロのそんな姿を見ていると胸が締め付けられるように痛かった。だから、駆り立てられるように背の高い彼の胸元をそっと手繰り寄せてそっと首筋にキスした――唇には、背伸びしても届かなかった。
すると彼は焦ったそうに眉をひそめると彼女の後頭部の髪の毛をくしゃりと掴んで引き寄せまた乱暴に口づけた。彼女の中身をすべて欲しているみたいに、深く深く。

それからは夢中になって絡まり続け、いつのまにかふたりして寝室として使っている居間の畳の上に転がり込んでいた。

彼は激しいキスの応酬の狭間でショウのパジャマをたくしあげた。
彼女の白い腹があらわになり、続いて控えめな乳房が服の裾からこぼれたが、彼がすかさず淡い桃色の小さな胸の頂にかぶりついた。もう片方のは彼の大きな掌がすっぽりと覆ってしまう。
じゅうじゅうと音を立てて強く吸われると、彼が本当にそこから乳を搾り出そうとしているような気がして肌が粟立った。
普段はもっと甘やかすように優しく触れてくれるのに、今日はどうにも性急で、彼は不機嫌なままだ。

しかし、いくばくか強引なウォロの行為がショウを少なからず興奮させていることは確かだった。
彼が彼女のショーツを取り払った時、彼女の入り口はとろとろと糸を引くほど濡れそぼっていた。
それを見ていたウォロが彼女を見下ろし言った。
「清らかな乙女が聞いて呆れますね」
彼は愉快そうに笑いながら、彼女の蕾に指を突き入れる。
「恋慕う乙女の膣が毎晩ワタクシの摩羅に突かれてガバガバになってるだなんて――手紙の彼が知ったら泣いてしまうでしょうね」
耳元で囁かれ、思わずゾッとする。
ショウは羞恥に涙を滲ませながら非力ながらに抵抗を図った。
「ガバガバじゃ、ない…」
実際、毎晩飽きもせず自分を抱いてへこへこ腰を振っているのは誰?と、そんな皮肉をこめながら。
しかし彼はそんな非難など気にも留めずに冷たく言い放った。
「ワタクシ以外の男にとってはガバガバでしょう。なにせアナタのナカはすっかりワタクシの形に慣らしてあるのですから」
ああ、可哀想なショウさん――と彼の唇が愉快そうに弧を描く。
しかしショウにとってその言葉はまったく別の意味を持っていた。

平行線が続くふたりのやりとりに痺れを切らしたウォロが苛々とコンドームの袋を歯でちぎり、焦ったそうに装着をすませた。
ショウは先ほどの彼の言葉を頭の中で反芻し続けている。
ぼんやりと心ここに在らずな彼女のなかに、押し入るようにして彼が入ってきた。
彼はじっと目を閉じて彼女の中をゆっくりと味わうように腰をすすめた。

「あ……」
心構えなく彼がぬるりと彼女の最奥まで分け入ってきたので思わず声が漏れる。
彼を全て飲み込んだ彼女のなかはピッタリと彼を包み込み、ほんの少しの隙間さえなく彼と合わさっているような気がした。
彼女の温度と密度のなかでじっと耐えるように目を瞑っている彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「わたしは、ウォロさんのかたち」
ショウは手のひらでそっと彼の汗を拭い、不機嫌な恋人をあやすように言った。
「嬉しいの」
彼はうっすらと目を開けた。まだ少し、訝しげな表情だ。
「わたし、ウォロさんしか知りたくないよ。生まれてから死ぬまで、ウォロさんにだけ抱かれて、ウォロさんの赤ちゃんを産んで――」
彼女が言い終えないうちに、彼はガリリと彼女の首筋を噛んだ。
「何を当然のことを」
彼は彼女の耳に唇を引っ付けたまま、地を這うような低い声で続けた。
「ワタクシとしては――今すぐに孕ませてやってもいいんですよ」

その言葉にショウがはっと息を飲んでいる隙に、彼女の中から彼が引き抜かれた。
そしておもむろにコンドームを取り外すとゴミ箱に放ってしまった。
ゴムのなかから抜け出た彼の先端からはどろりと透明な粘液が垂れてショウの腹を濡らした。
彼女は肌に冷たい感触を感じると恐ろしくなって身を震わせた。
「それはまだ、だめ――」
「良いじゃないですか。ショウさんも好きでしょう、ナマでするの」
彼は、ショウの月経の予兆を察するとときおりコンドームをつけずにセックスをしたがった。
ショウは基本的には渋るが、たまに彼の熱意に負けてつい許してしまうことがあった。
その時は大概、行為後に深く反省することになる。もう2度としないと固く胸の内で誓うが、いつもこうして甘く絆されて彼を欲しがってしまうのだ。

ゆっくりと彼が彼女の中を侵攻する。
しっとりとした粘膜同士が触れ合って、圧迫感はあれど柔らかく吸い付くような肌のふれあいに、どうしようもなく気持ちが昂っていく。
彼がショウの最奥を突いたとき、先端が焦らすように彼女の子宮口を舐った。
「やっぁあ…!」
強すぎる快感に、頭の奥に星がチカチカと点滅した。一応、足をジタバタさせて抵抗を図ってみるも、自分より40センチも背が高い男はびくともしなかった。
「どうせ孕むなら――抵抗せず受け入れて気持ち良くなった方がアナタも得ですよ」
悪魔みたいなことを囁きながら、うまく笑えていない時に彼が時折みせるぎらついた眼差しが彼女をじりっと射抜いた。
何か言い返さなくちゃと回らぬ頭でゆっくりと口を開きかけた時、再び咥内に彼の舌がねじこまれる。
ねっとりと舌を絡ませ唾液を交わし、彼の呼吸を感じれば、次第にあたまがぼんやりとしてきた。
たちゅ、たちゅ、とはしたない音を立てて彼が長いストロークのピストンを繰り返して、甘やかすようにほぐしていく。
ぎゅ、と繋いだ手の絡まった指に力がこもる。
どこへも逃げられない。ただ彼から与えられるものに掻き乱されて、息が苦しくなるほどの快感が押し寄せてくるだけ。

あぁ――だめなのに、だめなのに。

彼のかたちに慣らされた胎はすっかり口を開けて彼を待ち受けている。
もうどうなったっていいから、彼の全部が欲しい。理性を手放しかけている頭がささやく言葉に必死に抵抗した。
すこしだけ腰をずらして強すぎる快感から逃れようとすれば、察しのいい彼にすぐに考えを読まれる。
「ダメですよ、逃げちゃ」
身体にのしかかる彼の体重が重くなる。腰の位置が固定されてびくとも動かなくなってしまった。
「ぁ…やだ……ッぁうぅっ……ひぁ……!」
ショウが無力ながら抵抗を図ると、ゴリ、と彼の先端が子宮口を穿った。
「いい加減、認めたらどうです?」
耳元で彼が熱い息を吐いた。それで沸騰しそうな頭が余計にぼうっとする。
このまま、一度絶頂を迎えてすこし冷静になろう――ショウは思い直して彼の快感に身を委ねることにした。
しかし、彼女の甘い考えは例に漏れず彼に読まれていて、ゆるりと開かれた身体に与えられるのは焦ったい刺激ばかりだった。
ちゅ、ちゅ、とショウの溶け切った胎の奥にウォロが柔らかくキスした。
あぁ――気持ちいい、気持ちいい、思考の輪郭がぼやけていく。
緩んだ彼女の唇に、また彼の唇があてがわれた。
とろけるようなキス。
息が詰まりそうに心地よく、頭が彼のことでいっぱいになる。
好きで好きで、気持ちよくて、どうにかなってしまいそうなのに、いつもの彼の質量を身体が憶えていて、達することができない。
身体に熱湯のような血液が巡っている。
「……か、せて」
ショウの唇から溢れた言葉に、ウォロはしたり顔で微笑んだ。
「何です、聞こえませんね」
わかっているくせに――とショウは悪態をつきたかったが、そんな余裕はなかった。
「いかせて、」
懇願するように、ぎゅっと彼の腕を掴んだ。
すると彼はまたギラギラした目をして言う。
「じゃあ――強請ってください。中に欲しいと」
彼の愉しげな微笑みへの不快感とは裏腹に、身体は彼が欲しくて欲しくて悲鳴をあげている。

だって本当は彼以外、どうでもいいのだ。
この世界に彼とふたりでいられれば、もう何にも要らないのだから。
「なか、に…出して、ください」
恥ずかしさを堪えて言う彼女の瞳からボロボロ涙がこぼれた。
しかし、一度言葉にしてしまえば堰を切ったように感情が溢れてくる。
「ウォロさんのが欲しいの……」
彼の背中で脚を絡めて、自ら彼を最奥に導いた。
「出して……」
ショウが熱っぽいとろんとしたまなざしのままつぶやくように言った。
ゴクリと不自然にウォロの喉が鳴った。
彼はがっしり彼女の腰を掴んで、堪えていた欲求をすべて吐き出さんばかりに彼女に己を打ちつけ始めた。
「ほら、好きでしょう?こうやって酷くされるのが」
ゆるゆると焦ったい快感に慣らされていた彼女は、ありったけの彼の熱量をぶつけられて堪えきれずにだらだらと涎を流している。
「あっ…っ!ふか、ああ゛ぁ…っ!」
ウォロの額にも玉の汗が浮かび、頬は蒸気して赤かった。
「毎晩こうしてめちゃくちゃになるほど抱き合っているのに――学校では別の男に色目を使っているなんて、腹立たしいことこの上ないですね」
その表情には、先ほどまでの笑みはない。ただ獣のような鋭いまなざしで彼女をじっと見つめていた。
「ちが、ッうぅ……うぉろ、さんッまって!ち、が……」
「何も違わないでしょう」
ズン、と彼が容赦なく彼女の最奥に自身を突き立てる。
「やっ、なん゛かっく、くる、きちゃ…」
ありったけの彼の熱量、質量をぶつけられ、それは逃れ難い絶頂の渦となった。
ショウはビクビクと身体を痙攣させ、それが来るのを待ち受ける。
「ほら、イけ!孕め!!」
普段の彼が幾重にも纏っている仮面はすべて剥がれ落ちていた。

ショウはうっすらと目を開けた。
すっかり余裕を失った目の前の男と視線がぶつかる。
彼の様子を見ていると、また何故だかぎゅっと胸の奥が痛くなる感覚に見舞われて、彼に微笑みかけてあげたくなった。

くたくたに抱き潰されて力なく身体をくったりさせたまま彼女がうっすらと微笑みを浮かべる。
すると彼は血走った眼を閉じて、はーっと深く息を吐いた。

汗が彼の美しい骨格をなぞって鎖骨へと流れたかと思うと、彼はしがみついたままの彼女を引き剥がした。

ずるり、と大蛇のようなそれが乱暴に引き抜かれてショウの下腹の上で跳ね、ビクビクと痙攣しながら白い粘液を吐き出して彼女のおへそのくぼみに並々と注いだ。
ふー、ふー、とウォロの肩が上下しているのを、ショウは切れ切れの意識と強烈な眠気を覚えつつ眺めていた。
彼女は自分の腹の上に吐き出された精液が冷えていく感覚に、彼が中に射精しなかった事実をぼんやり理解し始めている。

「これ、拭かなきゃ……」
覚束ない手つきで近くにあるはずのティッシュ箱を手繰り寄せようとする彼女から、彼は嘲笑うように長い腕でいとも簡単にヒョイと箱を奪った。
無造作にティッシュを引き抜くと、腹の上にぶちまけた精液を拭きはじめた――と言うのは形ばかりで、それを彼女の真っ白な肌に塗り込めるように広げていく。
「ちょっと……」
困惑するショウが、あとでシャワーを浴びなくちゃ…などとぼんやり考えていると、先回りして彼女の考えを読んでいた彼がまた作り笑いを顔に貼り付けて言った。
「言っておきますけど、シャワーなんて浴びせませんからね」
これはマーキングなんですから、とキツネのような釣り目を細くして笑った。
「もう……これ以上困らせないでください」
ショウが呆れていると、ウォロはまたムッとした顔をした。
「なんです?こちらはいい子にして中出ししなかったんですから、これくらい良いじゃないですか」
さも、自分が妥協してやったのだと言わんばかりの態度に、ショウはやれやれと肩をすくめた。

彼女は執拗な彼から逃れて、剥ぎ取られた下着やパジャマを手に取ろうと起きあがろうとした。
すると、彼女の脚をまた彼の大きな手のひらが捕らえた。
ショウは嫌な予感がして、ゆっくりと後ろを振り返る――彼が美しい顔を歪めてゆらりと笑っていた。
その表情は、悪事を企んでいるようにも、満足そうにも見えた。

「ところで、また勃ってしまいました」
さわやかに、あっけらかんと言ってのける姿に、ふとヒスイでの彼の商人時代を思い出す。

「ショウさん――もう一回、しましょうか」